診療・各部門
東京山手メディカルセンター乳腺外科
乳癌の診断
- 乳房にしこりを触れる
- 乳頭異常分泌・乳頭びらん(変色・じくじくする)
- 乳頭陥没(徐々に引き込まれてきた)
- 皮膚のえくぼ症状・ひきつれ・発赤・潰瘍
- 乳房非対称
「しこりを触れる」が最も多い症状です。乳房の一部が他の部分に比べてやや硬いといった場合も乳癌であることもあります。
またほとんどの場合痛みを伴わないので注意が必要です。
乳癌の検査
■ マンモグラフィー
乳房を板で圧迫して撮影するレントゲン検査です。40歳から始まる対策型乳癌検診で広くおこなわれており、石灰化が主な所見である早期乳癌の発見に威力を発揮します。また、乳癌の手術の際に問題となる広がり診断にも有用です。当院にはデジタル3Dマンモグラフィーが導入されており外来で直ちに読影できるため迅速かつ精密な診断が可能です。
乳癌症例のマンモグラフィー
○診断が難しい乳頭直下の乳癌
通常マンモグラフィー(左)ではわかりにくい癌も3D(中央:動画、右:がんの断面)でみるとわかり易くなります
■ 乳房超音波(エコー)検査
超音波により乳房の断面の画像を写し出す検査です。超音波検査では腫瘤が明瞭に見えることが多く、マンモグラフィーより腫瘤の性質を区別するのに向いています。人間ドックなどの任意型検診ではではこのエコーを併用することも多く、被曝など体に害がないので妊婦や若年者にも安心して行えます。当院には最新の機器が導入されているので、血流信号をみるフローイメージング、硬さを評価するエラストグラフィーを行うことができ、これらを駆使して正確な診断が可能です。また日本超音波医学会認定の超音波専門医の監督下で外科医や臨床検査技師が超音波検査を行なっています。
前述症例の乳房超音波検査画像
○乳頭直下の乳癌の診断は超音波検査でも熟練を要します
・Bモード・エラストグラフィー(上):中央の黒っぽい部分が腫瘍。右側エラストグラフィーでは歪みの少ない部分が青くしめされ硬い腫瘤であることがわかります。
・フローイメージング(下)では血流信号が捉えられます。最新の超音波検査装置では血管の径に沿った信号を描出でき診断に役立ちます。
■ 針生検・乳腺腫瘍画像ガイド下吸引術VAB(組織診)
以前は腫瘤の試験切除に依らなければならなかった生検を数ミリの針で行うことが可能になっています。最近ではより確実な診断と癌であった場合の治療方針を決める上で必要な情報を術前に得るため後述の細胞診検査より行われることが多いです。最近では術前化学療法(NAC)の適応もひろがり、NACにより腫瘍が完全奏功により消失する症例も増えているため十分な腫瘍検体量を確保するために、当院でもより太い針で十分な検体を採取できるVABが主流となっています。
■ 細胞診検査
乳癌の疑いがある病変が発見された場合、採血に使用するのと同じ太さの針を皮膚より超音波ガイド下に穿刺し、病変内部の細胞や液体を採取し、乳癌細胞の有無を検査します。2-3mm程度の病変でも超音波検査で描出できれば正確に穿刺することができます。より小さな病変や乳管内の病変、リンパ節転移の診断に使用します。
乳癌の治療
乳癌はその進行程度に応じて手術療法、薬物療法、放射線療法、緩和療法を組み合わせて治療を行います。根治可能か否かでその治療方針は大きく変わります。実際には社会背景を含む患者さんの現状をお聞きして、病状に合わせた最善の方針を提案いたしますが、ここでは一般的なことを述べます。
■ 手術療法
通常は根治可能な乳癌に対して行われる治療です。操作は1) 乳房の切除と、2) 腋窩(脇の下)リンパ節の操作に分かれます。根治可能な乳癌は乳房の病変と腋窩リンパ節の転移までに限局していて、切除という目的の他に乳癌の全身治療方針を決める上でこの2つの領域への病気の波及情報がとても大切だからです。
1) 乳房の切除
いわゆる乳房を全切除する ア) 乳房切除術と、部分的に切除する イ) 乳房温存手術があります。皮膚温存乳房切除術、乳頭乳輪温存乳房切除術も前者の仲間で、同時再建を前提として行われます。
ア) 乳房切除術
● 乳房切除術(胸筋温存乳房切除術)
全ての手術可能な乳癌に対して標準で行える術式です。乳頭乳輪を含む紡錘形の範囲の皮膚切除を行い、全乳腺組織を切除します。以前の様に皮膚を薄くは剥離しなくなったのでほとんど出血しなくなりました。また大胸筋を取る手術もしなくなっています。リンパ節転移がなければ術後照射の必要はありません。
● 皮膚温存乳房切除術・乳頭温存乳房切除術
当院では形成外科と合同で一次再建が可能です。 再建は通常2回に分けて手術を行います。乳房切除術と同時にティシューエキスパンダー「組織拡張器」の挿入を行い、半年から1年後にインプラントまたは自家組織に入れ替える手術を行います。
この手術を前提に行う乳房切除術がこれらの術式です。前者はMRIなどの術前画像診断で乳頭から2cm以内までがんの進展が想定される症例、後者はそれ以上がんが乳頭から離れた位置にとどまる症例で適応となります。通常の胸筋乳房切除術と違い、切除と同時に大胸筋の裏側にエキスパンダーを挿入するため皮膚の切除が少なくなっています。
イ) 乳房温存手術
乳癌の広がりが想定される範囲から少し離して乳腺を部分切除し病巣を切除する方法です。局所再発を防ぐため原則として残った乳腺に放射線を照射します。
当科では以下の様にほぼガイドラインにしたがってこの手術を実施しています。
● 乳房温存手術の適応(stage0, I, II)
1) 腫瘤の大きさが概ね3.0cm以下で切除後の整容性が容認できる
2) なるべく病変が乳輪直下に及んでいないもの
3) 各種画像診断にて広範な乳管内進展を示す所見のないもの
4) 離れた部位に多発病巣のないもの
5) 放射線照射が可能なもの(膠原病・上肢挙上制限・放射線による二次悪性腫瘍の発生が知られる遺伝病などがない)
6) 患者さんが乳房温存手術を希望すること
● 術前化学療法後の乳房温存手術
当院では術前化学療法により腫瘍が縮小し、上述の基準を満たした症例では温存手術を行うことができます。この際重要なのは術前画像診断による病変の遺残の範囲の評価です。当院では得意としている超音波検査およびMRIにより適切に評価を行い、可能と判断した場合に温存手術を行います。
2) 腋窩リンパ節に対する手術
腋窩リンパ節に対して行われる操作は ア) センチネルリンパ節生検、イ) 腋窩郭清、ウ) 何もしない、に分かれます。
明らかにリンパ節転移がない症例や高齢で予後に心配がない場合にはウ)何もしない、を選択することもあります。
ア)センチネルリンパ節生検
乳癌では 20-30%の頻度で腋窩リンパ節に転移をきたします。リンパ節転移の個数は、腫瘍(浸潤部)の大きさと共に、いまでも最も重要な予後決定因子として知られています。ところがリンパ節転移の術前画像診断は確立していないため、全ての症例で腋窩リンパ節を全部とって(郭清して)調べる必要がありました。しかし、近年最も転移しやすいリンパ節(センチネル「見張り」リンパ節)を同定する方法が開発され、そこに転移がなければ95%の確率で他のリンパ節にも転移がないことがわかっています。いくつかの同定方法がありますが当院ではインドシアニングリーン(ICG)という薬物を使用し赤外線観察カメラで撮影する「蛍光法」にてセンチネルリンパ節生検を行なっております。センチネルリンパ節の転移の有無を術中に顕微鏡による病理診断にて判定し,転移を認めないか2mm以下の転移にとどまる場合は腋窩リンパ節郭清を省略することが可能です。これにより腕のむくみ,痺れ、痛み等の腋窩リンパ節廓清によって引き起こされる術後後遺症の生じる可能性をほぼゼロにすることができます。ICGやヨードアレルギーの方にはインジゴカルミンによる「色素法」やsamplingを行うことがあります。
イ)腋窩リンパ節郭清
診断時に明らかなリンパ節転移がある場合やセンチネルリンパ節生検で2mmを超える転移がある場合、当院では乳癌診療ガイドライン2022に従って腋窩リンパ節郭清を行っています。この場合は前述した様に郭清を行った方の上肢にリンパ液の鬱滞が起こり、腕全体がだるくなったり太くなったりすることがあります。これをリンパ浮腫と言い、弾性装具などの装着が必要となります。 当院には形成外科にリンパ浮腫外来があり、リンパセラピストが在籍しているので、リンパ浮腫のケアが可能です。
■ 薬物療法
乳癌の薬物治療は、主に1) 内分泌療法、2) 化学療法、3) 分子標的療法に分類されます。このほかに最近では再発治療で細胞分裂周期を止めることで内分泌療法と併用する薬物CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ・アベマシクリブ)やmTOR阻害剤(エベロリムス)、遺伝性乳癌で異常をきたすBRCA1,2遺伝子の作用異常を利用し癌細胞を死にいたらしめる(合成致死)PARP阻害剤(オラパリブ)などが保険適応になっています。当院では保険適応になっている全ての治療薬を使用することが可能です。
1) 内分泌療法
女性ホルモンであるエストロゲンの刺激を受け増殖する性質を持つ(ホルモン感受性のある)乳癌に使用します。乳癌組織に免疫染色という手法を用いてエストロゲン受容体(ER)の有無を調べることにより診断します。プロゲステロン受容体(PgR)はER陽性乳癌で発現する蛋白であり、ERまたはPgRが陽性の場合に内分泌療法の適応となります。
内分泌療法には閉経前の卵巣機能を抑制するLHRHアゴニスト(ゾラデックス・リュープリン)、閉経後のエストロゲンの産生を抑制するアロマターゼ阻害剤(AI)(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)、エストロゲンのERへの結合を拮抗阻害するSERM(タモキシフェン、トレミフェン)、乳癌細胞のERを減らすSERD(フルベストラント)、メドロキシプロゲステロン酢酸エステル(MPA)などの治療薬がありますが、進行度や閉経状態で使い分けが必要です。最近ではCDK4/6阻害薬という分子標的薬が併用され、再発高リスク症例には補助療法としてAIとCDK4/6阻害薬(アベマシクリブ)を併用したり、進行再発症例の治療にはAIやSERDにCDK4/6阻害薬(パルボシクリブ・アベマシクリブ)を併用したりします。
2) 化学療法 (抗がん剤による治療)
再発高リスクの乳癌症例や進行再発乳癌症例の治療に使用されます。以下に示す6つの指標にて再発リスクが高いと判断した場合に化学療法を実施します。
● 再発リスク(危険度)が比較的高いとされる指標1) リンパ節転移の個数が4個以上
1) リンパ節転移の個数が4個以上
2) ホルモン感受性がない
3) 腫瘍の大きさが2cm以上
4) 核異型度3
5) 年令35歳以下
6) Ki-67陽性率 (腫瘍の増殖能の指標の1つ)
7)オンコタイプDX※(癌の組織の遺伝子検査)でRS(risk score)が高い
※浸潤径5mmを超えるER陽性乳癌でリンパ節転移3個以下の症例に適応されます
当科では補助療法(再発率を減らす目的で行う手術以外の治療法)としてFEC療法、EC療法、TC療法、weekly PTX療法、(F)EC→DTX(weekly PTX)療法などの補助療法を行っています。またstage II以上のトリプルネガティブ乳癌には免疫チェックポイント阻害薬であるキイトルーダ(ペムブロリズマブ)とカルボプラチン・nab-PTX、ECを併用した周術期補助化学療法も行っています。このほか再発治療としてnab-PTX、ハラヴェン、ナベルビン、ジェムザール、TS1、Xelodaなどの抗がん剤治療やトリプルネガティブ乳癌には免疫チェックポイント阻害薬(キイトルーダ、テセントリク)とnab-PTXなどの抗がん剤との併用も行っています。
3) 分子標的療法
HER2 (Human Epidermal growth factor Receptor 2)は増殖信号を癌細胞に伝達する受容体の1つで、約20%の乳癌で陽性です。もともと悪性度が高く予後不良因子でしたが、この蛋白を標的にした抗体薬であるトラスツズマブ(ハーセプチン)が開発され、ER, PgR, HER2がともに陰性であるいわゆるトリプルネガティブ乳癌(TNBC)より予後が改善しました。その後作用機序の違うHER2関連の薬物であるラパチニブ(タイケルブ)、ペルツズマブ(パージェタ)、抗癌剤とトラスツズマブを結合させたトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)(カドサイラ)、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)(エンハーツ)が開発されています。補助療法で用いられるのはトラスツズマブ・ペルツズマブ、T-DM1で当院でも使用しています。
最近ではHER2低発現乳癌という概念が出現し、実際にT-DXdがHER2低発現乳癌の再発症例に適応となり当院でも使用しています。
このほか、前述のCDK4/6阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬も分子標的治療薬の仲間です。
■ 放射線療法*
乳房温存手術を行った場合に、手術を行った側の残存乳腺に局所再発を防止する目的にて放射線を照射します。通常約 5 週間外来にて治療します。
また、腋窩リンパ節転移が4個以上の症例では術式にかかわらず胸壁と腋窩、傍胸骨、鎖骨上下のリンパ節に対して照射をしています。
* 現在当院では放射線照射を休止しているため、JCHO東京新宿メディカルセンターなど近隣の医療機関にて受けていただきます。
乳房の健康チェック(ブレスト・アウェアネス)
最近ではブレスト・アウェアネスという概念が自己検診に変わって提唱されています。そのポイントを以下に記します。
1) 自分の乳房の状態を知る
2) 乳房の変化に気をつける
3) 変化に気づいたらすぐ医師へ相談する
4) 40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける
詳細は「乳がん検診の適切な情報提供に関する研究」の「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)のすすめ」をご参照ください。
2024年10月5日 更新