診療・各部門
1概念
腸脛靭帯とは大腿四頭筋の外側に位置し、大腿筋膜張筋と大殿筋の付着部から脛骨近位前面のGerdy結節に停止する筋膜様組織である。
ランニングなど繰り返しの膝運動で、腸脛靭帯と骨性隆起である大腿骨外側上顆との間で摩擦が生じ限局性の炎症がおこり、疼痛を生じる病態を腸脛靭帯炎という。
2病態
基本的病態は腸脛靭帯が大腿骨外側上顆に擦れることにより生じる炎症とその間にある滑液包の炎症である。
腸脛靭帯は膝伸展位では大腿骨外側上顆の前方を走り、膝を屈曲していくとそれを乗り越え、30度屈曲位付近からは大腿骨外側上顆の後方に位置することになる。
このため、膝30度屈曲位付近では腸脛靭帯後縁と大腿骨外側上顆の間で摩擦が生じる(impingement zone)
早いスピードのランニングでは接地時の膝屈曲角度がより深くなり、impingement zoneを超えているため、腸脛靭帯の摩擦は少なくなり、腸脛靭帯炎にはなりにくい。
逆に下り坂、ジョギング、不整地、雨の日のランニングでは接地時の膝屈曲角度が浅くなるため多発すると考えられている。また腸脛靭帯炎のある患者でも膝を伸ばしたまま歩くとimpingement zoneに入らないため痛みが軽い。
3発症要因
素因としては、大腿骨外側上顆の突出が大きいもの、O脚などが関係すると言われている。
また膝の屈曲、伸展筋力の低下も関係している。トレーニングの問題としては、走行距離やスピードの急激な増加、靴の変更などがあり、地形路面の問題としては傾斜のある道路、下り坂での練習が関係している。
4症状
走行時や歩行時に地面に足が接地し体重が負荷されるときに出現する膝外側面の疼痛が主な症状である。
ランニングを続けていると、痛みのために走れなくなることもある。安静で軽快するが、ランニングを再開すると症状が再発することも多い。
5診断
MRI T2強調前額断像にて大腿骨外側顆と最も接する部分にて限局した高信号域がみられることがある。脂肪抑制画像にて強調される。腸脛靭帯の肥厚がみられることもあるが、腸脛靭帯実質部が高信号を呈する症例はほとんど無い。
6治療i
1) 急性期
局所の安静、過剰負荷の除去、冷却などにより患部の炎症を取り去ることがまず必要である。
安静時痛、歩行時痛があるときは消炎鎮痛剤のパップ剤や経口剤を使う。急性期には腸脛靭帯と外側上顆の間にある滑液包にコルチコステロイド注射を行うこともあるが、副作用も考え慢性例に漫然と使う事には注意が必要である。
急性期には膝屈伸を伴う運動は避けるべきだが、手だけで泳ぐ水泳は場合によっては行ってもよい。
2)亜急性期
ストレッチングにより、緊張が増加した腸脛靭帯の柔軟性を獲得する。
写真はストレッチ法(それぞれ左足をストレッチしている)。
3) 回復期
痛みがでない範囲で筋力訓練を始めていく。股関節の外側安定筋群と股関節外転筋群の強化をしていく。
痛みがなく筋力訓練ができるようになれば、ランニングを始めていく。再発防止を含め、回内足が強ければアーチサポートを使い、O脚が強いときはlateral heel wedgeを使う。
難治例には筋膜切開、腸脛靭帯延長術、大腿骨外側上顆隆起切除術などの手術治療が考慮される。
7復帰の注意点
局所の圧痛が消失し、痛みを伴うことなく筋力訓練が行えるようになったら、ランニングを再開する。
始めはトラックや芝生などクッション性の高い接地面で練習する。プログラムとしては、早いスピードの練習から始め、徐々にスピードを落とし距離を伸ばしていく(通常の損傷の復帰プログラムでは遅いスピードから始め、徐々にスピードを上げていくので、多くのリハビリスケジュールとは逆になる)
また、始めは1日か2日おきに練習を行い、痛みの出ない範囲で練習間隔、強度を上げていく。
復帰初期にはトラック練習では同じ方向ばかり走らないことや、テニスやバスケットボールなどのmultidirectional
スポーツを練習に取り入れるなどの工夫も重要である。
さらに、症状が安定するまでは、下り坂の練習は避ける。