そけいヘルニアの手術
鼠径(そけい)ヘルニアの手術
東京山手メディカルセンター:消化器外科
成人の鼠径(そけい)ヘルニアの原因は加齢による筋膜の脆弱化です。鼠径部は大腿動静脈の通過部位であり、腹壁の中で最も弱く、腹圧に耐えきれず腹膜が嚢状に伸びだし(これをヘルニア嚢と呼びます)、この中に腸管、大網、卵巣などが脱出して足の付け根が膨隆します。この臓器の脱出により牽引痛や違和感を生じさせます。普段は安静や仰向けに寝ると腹圧が低下し臓器は戻り、膨らみはしぼみますが、時に通常より強い腹圧がかかった時などより大きく臓器が脱出し、お腹の中に戻らない状態が生じることがあり、これをヘルニア嵌頓と呼びます。腸管などが脱出している場合は腸管の血流が低下し、場合により壊死に至ることがあるため救急手術を必要とします。このように、鼠径ヘルニアは解剖学的な異常が生じているために起こる疾患であり、薬では治らないため原則的に治療は手術による修復が必要です。 |
鼠径ヘルニアの手術は、嚢状に伸びだした腹膜(ヘルニア嚢)を周囲より剥離し元の場所に戻す手技と、脆弱化した筋膜部分を補強する手技の2つの組み合わせからなります。補強の方法には前方から筋膜を補強する術式と後方(腹膜側)から補強する術式があり、大きく2つにわかれます。前者の代表的術式がメッシュプラグ法であり、後者にはクーゲル法、腹腔鏡下ヘルニア修復手術があります。 |
【メッシュプラグ法】メッシュプラグ法は1995年頃より我が国で普及し、現在最も多く行われている手術です。皮膚切開創は、ヘルニアのある方の鼠径部で、横方向に4~5cmで行います(図1)。図2に示したようなポリプロピレン製の円錐形のメッシュ(プラグ)を、筋膜の弱くなった部位にあてがい、周囲の健常筋膜に固定する事(図3)により補強する方法です。通常この上にさらにポリプロピレン製のメッシュシートを敷き詰めて周囲の組織も補強します。この方法は、メッシュを用いていなかった頃の手術と同じアプローチで手術を進めることができ、以前は周囲の健常な筋膜を寄せて補強していたものを、メッシュプラグに置き換えて塞ぐことにより、再発の一つの原因と考えられる補強部のつっぱりがない手術(tension free)を実現しました。この術式の利点は、前述のように従来法から容易に術式を導入できること、手術が単純で誰がやっても同じ効果が得られることです。一方欠点として、メッシュを固定する筋膜が広い範囲で脆弱だとメッシュ周囲から再発の危険があること、ヘルニア嚢を剥離する際の神経損傷により慢性疼痛を訴える患者さんが時にみられること、メッシュが比較的浅い位置に敷かれるため時に異物感を伴うことです。 ![]() |
【クーゲル法】クーゲル法は1999年にKugelが初めて発表した術式で、我が国では2006年頃から徐々に普及しつつありますが、メッシュプラグ法と比べると、まだ一般的にはなっていません。皮膚切開は、ヘルニアのある方の鼠径部で、メッシュプラグ法よりもやや頭側に約4cmで行います(図4)。鼠径管の頭側より腹膜前腔にアプローチし、ポリプロピレン製の特殊なメッシュ(Kugelパッチ)を用いてヘルニア門(筋膜の脆弱部)を内側から覆う修復法です。Kugelパッチは楕円形の形状記憶リングが2枚のメッシュシートでサンドウィッチされた構造となっており(図5)、腹膜前腔側からヘルニアの脱出の原因となる筋膜脆弱部を大きく覆いますが(図6)、この時メッシュがしわにならず形状記憶リングにより広く展開することができます。十分に腹膜前腔にスペースを作り、パッチを適正な位置に留置さえすれば後は腹圧により自然に筋膜脆弱部に密着し、再発を防ぎます。 この手術の利点は、ヘルニアが起こりうる部位(Hesselbach3角、内鼠径輪、大腿輪)を1つのパッチで同時にカバー・補強できるので、あらゆるタイプの鼠径ヘルニアの再発防止になること、鼠径管を解放しないので鼠径管表面を走行している神経の損傷がおこらないこと、メッシュが深部に留置されるので人工物による違和感が少ないことです。一方、欠点は、視野が深く鼠径部の解剖を十分に理解していないと適切な手技が行えないこと、従来法とアプローチが異なるため術式の導入のためには経験豊富な指導者の下でのトレーニングを受ける必要があることです。 ![]() |
【腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術】腹腔鏡を用いた鼠径ヘルニアの手術には、腹腔内から腹膜を切開してヘルニアを修復するTAPP法と腹膜外にスペースを作り鼠径部に到達するTEP法がありますが、当院では前者を行っています。まず臍部に小切開をおいて腹腔鏡用の筒状のトロッカーを留置し、腹腔内に炭酸ガスを注入しお腹を膨らませます。腹腔鏡を挿入し、腹腔側から鼠径ヘルニアの脱出口(ヘルニア門)を確認しますが、この時に患部の対側(右鼠径ヘルニアであれば左側、左鼠径ヘルニアであれば右側)も観察し、不顕性のヘルニアがないかをチェックします。もし対側にもヘルニアを認めた場合は同時に手術を行うことも可能です。手術は左右の下腹部に小さな孔を1つずつ設けて、ここから細長い器具を挿入して手術を行います(図7、図8)。ヘルニアの修復には腹腔鏡用のメッシュを用います。腹腔側から腹膜を切開し、腹膜前腔を広く剥離してヘルニア門を確実に覆うようにメッシュを留置して腹膜を閉鎖します(図9)。クーゲル法と同様、Hesselbach3角、内鼠径輪、大腿輪を全て覆うことになりますが、良好な視野のもとにメッシュの位置を調整できるため、補強はより確実といえます。腹腔鏡手術の利点は、手術後の痛みが軽減されること、創が小さく目立たないこと、TAPP法においては対側の確認も容易に行え、必要であれば同じ創で同時手術も可能なこと、が挙げられます。特に手術後の痛みは大きく軽減できるため、職場への早期復帰も可能となります。欠点は必ず全身麻酔が必要であること、手術費用が他の術式に比べてやや高くなること、医療者側の立場からは従来の手術手技と大きく異なるため、腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術に特化したトレーニングが必要であることです。 ![]() |